ずっと楽しみにしていて指折り数えて待っていた。
読まれませんでした。
偶然いい親たちのもとにうまれたひとたちの、自慢大会のような内容でした。
あれで感激できるひとたちは よほど人生イージーモード ちゃんとしたひとに囲まれて育ったんだろうなとおもいました。
わたしとはちがう。
つらくて 悲しくて モヤモヤした最終回。
毎回、比べてしまい
心が揺さぶられてくるしい。だから定期的なラジオ放送きくのやめたんだった…
マミちゃん本人は大好き。
大好きだから つらい。
大好きな人に 頑張っている自分を見せられないことほど つらいことはない。
ただ…
現役の時は
マミちゃんに本気で恋をしていたリスナーも沢山いただろうし危ない思いも幾度となくしていたと思う。
安全のために育児や子供の話はしたくてもできなかったのかも。
当時は産休という呼び方をしてなかったと聞いたことがある。
それを思えば やっと昨日のラジオみたいな話ができるようになった ということなんだね…。産休という言葉も、25周年イベの時にやっと出ていたくらいだし。
🍓🍓🍓
筆を、祖母に貸さないまま、滋賀へいったのをずっと後悔してる。
この筆をみるたびに思い出して つらくて
泣きながらこれをかいた。
祖母には随分ふりまわされたし
大変な思いをさせられたけれど
それでも たくさん助けてもらったから
いま、遺骨が放置されているのがかわいそうで
仏壇が放置されているのがかわいそうで
働かない反社会的な息子に育てたのは祖母で
ほかのひとみたいに純粋に おばあちゃん大好きありがとう とか思えなくて
それでも もうしわけないと
いつまで わたしを 苦しめるのですか。